科学的なアプローチを体現・実行する強さ 『オデッセイ』感想
Songs from the Martian(輸入盤サウンドトラック)
火星に取り残された宇宙飛行士が生き残るために人類の叡智で奮闘する。
無人島サバイバルの超ハードモードみたいな話。居住施設や発電装置などは残っていても、生物がいない火星では食料を調達できない。
元々の調査チームは6人。悪天候によりプロジェクトを中断して地球に帰還することになったが、ひとりがアクシデントで行方不明に。呼びかけても応答はなく、彼の宇宙服の破損を知らせる警告が発信されて1分以上が経過したいま、生存は絶望的だ。強風により時間が差し迫る中、5人での火星脱出の決断を下す船長。報告を受けた地球では、尊い犠牲として葬儀が行われる。だが彼は、マーク・ワトニーは生きていた。
地球からの救援には期待できない。かといって自力での脱出も不可能。暫定的な目標は「NASAが再び火星探査にやってくる時まで生き残る」なのだけど、その予定が4年後。さらに発見してもらうには現在地から3000キロ以上も移動する必要がある。そもそも正規のロケットですら地球から火星まで414日かかると言われると「天文学的」という言葉を噛みしめざるを得ない。*1
そんな過酷な環境であろうとも、へこたれない姿勢の強さを描いた映画だ。それも無策でただ耐えるのではなく、最善を尽くすために考えて行動する。
日誌として映像記録を残すためにカメラに向かって「実は生きている」現状を報告するシーンがあるので、以後全編に渡っての説明台詞の独白が正当化される。それどころか、いま何が問題で解決のためにどう行動するかを逐一しゃべる。たとえば宇宙船が爆発して乗組員が全滅するようなリスクを減らすために、燃えやすい物質は持ち込まれていないので火を起こすのが難しい、さてどうするか。この実験プロセスがノリノリで、本来なら深刻な状況に反して明るく楽しい。ジョークも饒舌。隊長が持ってきていた音楽のセンスに文句を言ったりもする。
途中で流れた曲のタイトルが思い出せなくて、エンドクレジットで確認したらデヴィッド・ボウイの『Starman』だった。その瞬間にニヤリとしたかったなー。主人公が高らかに歌いあげる『Hot Stuff』の使い方は直球。
笑ってスクリーンを眺めながら、ワトニーの前向きなふるまいには、もし失敗して自分が死んでしまったとしても残された映像が「科学の発展」に寄与すればそれでいいという意識が表れているのではないかと考えていた。
事態の改善を模索する中で、ついにNASAとの通信に成功する場面。火星にあるカメラで地球に映像を送る(紙に文章を書いて写す)ことはできるが、地球からのメッセージを受け取る方法がない。これを解決するコミュニケーション手段の発案に痺れた。
そしてここから、NASAによるワトニー救出ミッションが動き出す。火星での孤独なサバイバルと平行して描かれる、地球の専門家集団による計画が熱い。*2
困難な課題にブチ当たったときに、何をするべきなのか。タスクを細分化して、いまできることを探す必要がある。絶望的な状況に陥りながらも、残された食料を数えて生存可能日数を計算する「当たり前の姿」に彼の強さを見た。
俳優について
主演はマット・デイモン。知的でタフな役柄が似合う。『インターステラー』でも「とある星の孤独な科学者」役なので、最初に『オデッセイ』の予告編を見て「まさかスピンオフ……?」と思ってしまった。
調査チームのメンバーでマイケル・ペーニャが出演していて得した気分に。『アントマン』での「気さくないいヤツ」キャラの好感度が高くて顔を覚えた。
小説が原作
著者はアンディ・ウィアー。『火星の人』というタイトルで早川SF文庫として刊行されている。別世界に降り立って(本来そこでは異端とされる)特殊技能で活躍する図式が、日本の投稿サイト「小説家になろう」では定番の異世界転生ジャンルと共通している……という意見をいくつか読んだ。それから『火星の人』も元はウェブで公開された小説だと知って驚いた。
関連作品
- 『ゼロ・グラビティ』
『オデッセイ』が長期スパンの生存計画なのに対して、『ゼロ・グラビティ』は一手のミスが死につながるスリリングな展開。宇宙空間に放り出されたら最後、何もできずに「考えるのをやめ」るしかない恐怖が伝わってくる。*3軽口を叩く相棒、ジョージ・クルーニーの役所が好き。
『オデッセイ』で最初に火星で目を覚ましたあとに、腹部から出ているワイヤーを切断するカットがある。それを「へその尾を切る」行為の見立て、即ち「もう一度産まれる」メタファーとして受け取ったのだけど、この解釈はおそらく『ゼロ・グラビティ』に影響されている。
- 『まんがサイエンスII ロケットの作り方教えます』
人類が月へ行くには、そしてもちろん地球に戻ってくるには、どんな仕組みが必要なのかを解説。読者に対する疑問の持たせ方の誘導がうまく、当時の開発者の試作過程を追っていく流れも判りやすい。特に星の重力についての図解が役立つだろう(余談だが、あさりよしとおの描く矢印には味があると思っている)。月面着陸の時代といえば米ソ冷戦、ロケットとミサイルは技術的には共通しているという話は今でもタイムリーだ。
タイトルに「II」と入っているが、この巻だけで独立したエピソードになっているためいきなり読んでOK。
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