この豪勢を肯定したい 『傷物語〈I 鉄血篇〉』感想


傷物語 涜葬版


 西尾維新による小説『化物語』の前日譚に当たる『傷物語』。全三部作構成で劇場アニメ化される予定で、今回の鉄血篇が初弾である。
 そして、演出家・尾石達也の復活を待ち望んでいた人間への一撃としては充分な効果をあげた。

映画化に至るいきさつ

 講談社BOXの『化物語』は2006年刊行。妖怪変化の類いに相対する話でありながら青春のボーイ・ミーツ・ガールで、近年のアドベンチャーゲームの構造も取り入れつつ、ミステリ仕込みの技巧も冴え、全体が筆者お得意の言葉遊びで彩られている。のちに続編が次々と書かれることになって、週刊少年マンガの連載的な魅力も加わった。
 2009年には制作スタジオ「シャフト」によってTVアニメ化。監督は新房昭之で、この新房×シャフト体制は『ぱにぽにだっしゅ!』や『魔法少女まどか☆マギカ』でも知られている。
 原作では小説という媒体の特性を活かした表現が前面に押し出されているため、ただの脚本のように映像化しても魅力は発揮されにくい。解法はシンプルだった。文字をそのまま表示すればいい。特筆すべきポイントはタイポグラフィ(活字デザイン)の導入で、統一感のある「文字だけの画面フォーマット」が作成された。

(『化物語』第1話)*1
 様々な活字カットを随所に挟むことで生じるテンポ、極端なクロースアップの多用、声優によって読み上げられる音としての言葉。奇抜な要素を盛り込みながら、統一感のある映像に仕上げることに成功した。
 そしてこの演出コンセプトの中心人物が、尾石達也である(スタッフクレジットではシリーズディレクター)。*2 *3


 『化物語』の放映終了後も「西尾維新アニメプロジェクト」は継続。2011年には『傷物語』映画化決定との発表があった。*42012年以降『偽物語』ほか〈物語〉シリーズの続きが順調にTVアニメ化されていったが、尾石達也の名前はどこにもなかった。おそらく氏は劇場版に集中しているのだろうという憶測を抱えたまま、続報が途絶えてから3年以上が経っていた。


 そして2016年1月8日。尾石達也監督作品『傷物語〈I 鉄血篇〉』が公開された。

内容はどうだったのか

 総括は「潤沢」。時間をじっくり使って、特に緊迫感について満足のいく演出がなされていた。そもそも三分割で劇場公開という尺の使い方が贅沢な話だ。*5しかも今回のプロットは、もし1本の映画として捉えるとしたら、いびつだ。三部作を全て観れば筋の通った話になっているだろう……という企画も懐が深い。作画についても目を見張る出来映えだった。
 アニメーションの根元的な快楽は、平面に描かれた絵の連続が「動いているように見える」錯覚にある。本作では「はためき」が多用されていて、つまりは髪の毛やスカートが風でパタパタとなびく様子が画面に執拗なまでに盛り込まれている。ダイナミックなアクション作画の「飛躍」も魅力的ではあるが、構図は大きく変えずに単純すぎない動きを反復させる方が"animate"の気持ちよさを強調してくれる。雑に言うとパラパラマンガにめっちゃ向いてる。背景の建物はCGであることを宣言するかのような質感で、そのはっきりと立体的な空間を背負うことで、キャラクターの平面性が浮き彫りになる。
 メッセージの多重性も見所だ。多量の血痕を追って事件現場に接近していくシーンで、モールス信号の音が流れる。画面には定番の活字カットで「・・・ −−− ・・・」の表示。耳だけでモールス信号を理解できなくても、視覚でなら「SOS」だと判るだろう。実はここでさらに、上記の9文字分の記号の下にルビを振るように小さく「TTT 222 TTT」と書かれている。「トントントン ツーツーツー トントントン」という発声もまたモールス信号の特徴で、その音の文字への変換だろう。瞬間的なカットに、シンプルなメッセージが、いくつものパターンで表されている。それからしばらくの間、駅のホームの電光掲示板に延々とSOSが流れている光景の不穏さといったらなかった。
 血痕の大元は、四肢を切断された状態の吸血鬼だった。逃げ出す主人公に対して助けを求める声に、赤ん坊の泣き声をかぶせる演出があった。現場から離れても(逡巡する人間を苛むように)かなり長くに渡って泣き声は続いた。這うことしかできない姿と赤子を重ねているのはもちろん、生殺与奪の権利を「握らされている」深刻な呼びかけが耳に突き刺さる。再び舞台はホームへ。赤ん坊に見立てられる吸血鬼はしかしながら豊満な乳房を持ち、主人公はその母性へと顔をうずめる。だがここで「生きるための体液」を与えるのは、男から女へ、なのだ。二者の相互補完的な関係性が表れているようで、とても印象的なシーン。


 あとは、スカートの中を見られた羽川の表情が超そそる、とか。夜中にエロ本を買いに行くだけの(いや一大事だ)シーンにあの力の入れようは見事だった。『やる気まんまん』のオットセイみたいなベタの強さの連打。
 原画クレジットに並ぶ吉成鋼吉成曜にはテンション上がるね(梅津泰臣ウエダハジメと一緒に末尾のブロックにまとめられていた)。


 『傷物語〈II 熱血篇〉』は2016年夏公開予定。そもそもこの作品のアニメ化を楽しみにしていた理由のひとつが「がっつりボス戦があるから」なので、ここからがメインディッシュだと考えている。年内に3作目まで完成しますように。

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  • 傷物語〈I 鉄血篇〉』
    • 2016年1月公開
    • 監督:尾石達也(総監督:新房昭之
    • タイトルは「鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼」という異名から

*1:右下のBCは配信サービス「バンダイチャンネル」のロゴで、オリジナルの映像には存在しない

*2:「――小説をアニメにする上で、活字がPVでも効果的に使われてました。」「尾石 もうバリバリですね。それが、自分が監督に呼ばれた理由なんです。(略)とくに西尾さんの小説には活字ならではの言葉遊びがあって、そこは映像ではどうしようもないので、文字でフォローしていければと思っています」(『オトナアニメ』Vol.13(洋泉社) p.29)

*3:「――画作りに関しては尾石さんにお任せという感じですか?」「尾石 そうですね。シナリオ作りは原作の台詞をチョイスして「引いていく」作業なので、(原作から)根本的な部分は変わっていないと思うんです。あとは、それをどう解釈して映像化するか。監督の思いもあり、自分の思いもあり、それらが一体になっている感じです」(『オトナアニメ』Vol.14(洋泉社) p.32)

*4: http://www.animate.tv/news/details.php?id=1301559311

*5:鉄血篇は64分