『風立ちぬ』感想


風立ちぬ サウンドトラック


 宮崎駿監督。2013年7月公開。


 『紅の豚』の娯楽成分以外にも思い入れのある方は是非。


 最初に特報の短い映像を見た際、目頭が熱くなった。宮崎駿による飛行機を主題とした作品というだけで、観に行くほかあるまいと決意を固めた。
 映画に限った話ではなく、私は作家性が好きで。「この緊迫感の演出、荒木飛呂彦って感じだよなぁ〜」という特徴の判別や、「鳥山明はとにかくメカを描きたがるよね」みたいな趣味の発露を見出すことに強く楽しみを感じる。マンガを好んでいる理由のひとつでもある。
 宮崎駿の作家性について論じるほどの知識は持ち合わせていないが、氏の飛翔シーンには胸が躍る。比較的古い作品は言うに及ばず、『ハウルの動く城』でのラピュタを思わせる映像も「いやはや、好きなものをぶちこんできましたな」と、にやにやとわくわくが止まらない。


 で、先日。映画館へ足を運んで"うっかり見てしまった"予告編の内容に目を見張った。「宮崎駿の新作ですよ」という触れ込み、そして氏の歩みを踏まえた上で観る、4分間の映像作品としては傑作だと思った。


(以下、予告編に含まれる部分のネタバレ注意)


 ここで予告編の映像を貼るつもりだったが、スタジオジブリYouTube等で公式に映像素材を公開していないらしい。「予告編をTV初放送!」的な宣伝の打ち方をしていると判り納得。


 主人公はゆくゆくは零戦を作り上げることになる飛行機の設計士で、露骨な反戦メッセージを盛り込む宮崎駿が、「憧憬の対象」かつ「戦争の道具」である存在をどう描くのか、という興味をまず強く抱いた。さらに「震災を経た日本」という状況が今現在持ってしまう意味とは……などと頭の片隅で考えながら、手描きのアニメーションによる無機物の躍動感にわくわくしていたところに、突如イタリア人が現れ動揺と共にテンションが最高潮に達した。叫び出しそうに、泣き出しそうになるのをこらえるのに必死だった。墜落した機体が安置された様子に、ラピュタのロボット兵を重ねて震えもした。
 (どうやらこの予告編、映画館によっては上映後に流していたところもあったとかで、他作品の観賞後にぶつけられるような事態に遭遇しなかったのは本当に幸運だった)


 さてようやく、ここからは本編を観た上での感想を。
 まず何より、飛翔のイメージの表現。製図だとか部品であるとか、そういった素材から思い描かれる「空を飛ぶ映像」に心を奪われる。これは主人公、二郎の非凡な才能とも関係しているし、ある種のイメージ――夢想は作品全体を貫く柱となっている。
 次に飛行機開発の詳細な過程。職人とか「その道のプロ」みたいな人物像に弱いので、内に秘めた情熱でもって試作と思索に取り組む二郎はとても魅力的に写った。とはいえあくまで会社員なので発注に従った納品が求められたり、国や年代の違いによる飛行機の変遷など、「そうか、なるほど」と感心する点は多々あった(当時の国産エンジンの問題点が判ってないレベルの人間の感想です)。
 それと、時代の生活様式の描写にも触れておきたい。和装と洋装の混在が移り変わっていく風景、通信機器や女中といった文化が目に見える形になっていることには意義を感じる(もちろんフィクションだという認識はあった上での話)(でも実写映画だと何故かこういうありがたみを全然感じない)。兄と妹の関係でも、久しぶりに会った際に深々とした座礼でもって挨拶をする所作が表れていることが、何だかとても大事なことに思えた。


 二郎の想い人、菜穂子については「まあ映画だし、ヒロインおよび恋愛要素はあった方がいいんだろうな」程度の認識で臨んだが、ボロ泣き。あわや嗚咽。先述の"日本の所作"が効いてくる場面があって……。
 傍目から見たら問題があるのかもしれないが、当時の価値観の元、ふたりの関係において選んだ生き方である以上、首肯で応えたい。「男の世界」(リンゴォ・ロードアゲイン)ですよ。


 荒井由美(not松任谷)による主題歌『ひこうき雲』が染みる。


 総じて、エンタメ的なサービス精神にこそ欠けるものの、素晴らしい映画だった。自分が最も好きなジブリ作品は『紅の豚』だったが、今後は双璧ということになる。想像的行為に携わる人にはもっと"刺さる"ようにも思えた。

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 うっかり忘れるところだった。主演声優に抜擢された庵野秀明について。全く違和感がなかったわけではないものの次第に慣れたし、没頭していたためか途中からは「二郎の声」として聞こえていた。まあ話題作りとか、宮崎・庵野の関係性を楽しむみたいなプラス要素はあるんだろう。

記事のアップ前に公式サイトに目を通していたらコメントで笑ってしまった。宮崎駿からのあふれる好意が伝わってくるみたいだ。


 本作は『モデルグラフィックス』で連載されていたマンガが原作なので、『宮崎駿の雑想ノート』のように是非ともまとまった形にしてもらいたい。

宮崎駿の雑想ノート


 補足。小冊子『熱風』に掲載された特集記事「憲法改正」のpdfファイルが無料で公開されている。宮崎駿が戦後史観を語っているので興味のある方は目を通してみては。公開期間は8月20日18時まで。